プライドとは「心の内なる誇り」と私は思う

TVでたびたび見るニュース。

アスリート達の相次ぐ不祥事。
野球賭博だけではない。

発覚したほとんどの選手は「深い後悔の念」にさいなまれているに違いない。。。


誘惑に負けた….
自分が甘かった….
軽い気持ちで….
魔がさした….

誰でも、少しはもっていそうな気持ちだ。

わからない訳ではないけど、
それをやっちゃったら今まで自分が努力し、築き上げてきたもの全てを
失うかもしれないことに、なぜ気づかないのだろうか。
(まあ、気づいていたらそんなことやるわけないか…)

後から背負う代償の重さは計りしれないのに。

そこまで成功するのにどれだけの努力をしてきたのだろう。


ニュースを見るたび、「残念、もったいないなー」と思う。

「プライド」という言葉があるが、この言葉は口に出して表わすものではない気がする。
「自分の心の内なる誇り」であったり「自尊心」であったり。(私はそう思う)

「自分はプライドが高くて」なんて言うこと事態プライドなんてありゃしない。

話がちょっとズレたけど、アスリートの人たちに言いたい。
こども達やファン、アスリートを目指している人達に、夢と希望をあたえていることを
どうか忘れないでほしい。

アスリートの人たちに言いたい。


「自分の心の内なる誇り」にもう一度、目を向けて欲しい!!

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